友人は語る。子供には多くのチャンスを与え、ミスマッチなら止めればいい。
先週末、30年来の友人に転居と独立・退職の報告をしました。
昨年彼にその件を相談した事もあり、挨拶がてらを兼ねてです。
高校は違いましたが、小学校から大学まで一緒。
僕らは小学校の時、お互いに嫌々ソフトボール部に加入していました。
しばしばどうにかして、練習をさぼろうとしたものです。
(だったら辞めればよかったのですが。。。)
そこで彼の子供の話になりました。
子供の時って、いろんな習い事をする人もいますよね?
僕らが嫌々仕方なしに加入したソフトボールのように、
子供にはスポーツ、習い事をさせた方がいいのでしょうか?
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learning
自分の意思でない事は上達しない
僕がソフトボールに加入した原因は、ある日突然、親に無理やり連れてかれました。
そして、何だかわけもわからないまま、入部する事になってしまいました。
彼の場合は、彼の両親が監督と知り合いだったため。
ただ、それだけだそうです。
共通している事は、自分がやりたい!
と思って始めた事ではないという事です。
自分がこれをやりたい!
明確な意思がない場合、それは苦痛に他なりません。
子供といっても、小学校1年にもなれば、明確な意思がありますからね。
やっぱり、人間嫌な事は嫌なんですよね。
他者から強要されて、更には意味も分からず参加したところで、
上達の余地がない事は、誰からも目に見えています。
親から子へスポーツという興味の素材を与えて、
興味を抱いたり、才能を開花させる人もいます。
一方で、それが自身と全く合わず、子供にとってストレスの何者でない事も。
親の見極めって、大切なんだと思います。
しかしそれほどスポーツが嫌いだったのに、今はお互い全く違った状況になっていました。
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unwillingness
いろんな事に触れさせてみる
彼や彼の子供は、サッカーをしているようです。
「えっ!お前がサッカー!?」
というくらい驚きでした。
子供にいろいろ触れさせた結果、サッカーに興味をもったそうです。
そして自分もやってみたら、楽しかったからだそう。
親からはいろいろ与えはするが、子供がそれを嫌に感じるのであれば、止めればいい。
自分が嫌な事は続かない。
いろいろ触れさせてみて、興味がある事や好きな事を見つけてもらいたい。
しっかり父親をしているんですね。
凄いなー、立派だなーと思いましたが、
小学校の時のソフトボールの経験からその思いがあるようです。
僕らが子供の時は、
「途中で投げ出すのは良くない!」
といった宗教的な思想が存在しました。
本当は、子供がミスマッチを感じた時、じっくり検討する必要があったのです。
勿論、何でも中途半端で投げ出すのはよくありませんが、
明らかに子供の意思とミスマッチしている場合、継続してもいい事はありません。
いろいろな材料を与える事はいい事です。
子供でも大人でも、機会をもらうことは、可能性を広げる事です。
しかし、その素材がミスマッチを起こしているかどうか、
特に子供場合は、その見極めが親には重要だという事のようです。
スポーツに限らず、旅行、国、地域、勉学、料理、食材、
外食、IT、技術、自然、決済手段などなど、身の回りの事は、何でも触れさせてみる。
賛否両論はあるかと思いますが、僕はその意見には大いに賛成です。
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opportunity
集団や1人が得意か苦手かは自由
プロフィールにも書いていますが、僕は体を動かすのは大好きです。
ジムでの筋トレ、ランニング、自転車、そして主に水泳をしています。
外をランニングするのも好きです。
子供の時には気づきませんでしたが、僕には集団スポーツが合いませんでした。
1人でモクモクとスポーツするのが好きです。
子供の時は水泳も習っていましたが、嫌だった記憶がありません。
スポーツが嫌いなのではなく、チームプレイが苦手だったんだと思います。
おそらく、集団への加入が苦手なんですよね。
大人数の飲み会なども苦手です。
中学、高校も1人で遠出するのが好きでした。
学校帰りに、1人で街でゆっくりしたり。
静岡から列車で横浜や名古屋まで行ったり。
そして東京駅から帰れなくなったり。。。。
僕が思春期だった90年代、多様性という単語は存在しませんでした。
「1人」という単語は、どこか後ろ向きで、暗いイメージが。
また、少数派は不正解という時代でした。
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up to
不運にも、不登校になってしまった場合、
命の危険があるのなら、無理して行かなくていい。
今は別の方法があります。
まして思春期という時期、本人の生きる希望の方が大切です。
でも少数派(みんなと同じ学校に行かない)というのは、
異常とされる時代でした。
集団が得意な人がいれば、苦手な人がおり、
1人が好きな人がいれば、苦手な人もいます。
勿論、「1人が好き」と「独りで平気」は全く異なります。
いろんな生き方や考え方があっていい今の時代、
それは大人や親が教えていかなくてはいけないのだと感じます。
まとめ
大人になっても同様ですが、義務的になってしまうと、
一気に気分が冷めることってありますよね?
僕は税理士試験の勉強を、自宅の教材資料通信で行いましたが、
それは1人で勉強するのが好きだったからです。
1人で自分のペースで進める事が、合っていたんだと思います。
自分が何に興味があるのか、自分はどういたスタイルや環境を好むのか。
それを判定する為に、多くの素材に触れる必要があります。
しかし相手が子供の場合、素材を与えた側は、
その進捗をじっくり見守る事も必要と友人は語ります。