いつか着るかもしれない服は2度と着ない。要らないものはさっさと断捨離。
昨年の引っ越しの際、処分できずに持ってきた洋服やバッグ。
そこそこ値段がして勿体なく、売る気にもなれなかったので、
着るかもしれない、使うかもしれないという思いから、今まで家に眠っていました。
しかし、セーターやウールパンツなど昨年一度も着用せず、
バッグを使用する事もありませんでした。
いつか使うかもしれないは、いつか食事に行きましょうと同様に、
いつになっても使われることがありません。
持ち腐れとなっている不要品は、売却するに限ります。
若い頃と今は明らかに嗜好が変化
僕は若い時、普通にオシャレをする若者でした。
夜間等のバイトをガッツリして、1着10,000円以上するブラウスやシャツ、セーター、
20,000円近いパンツを購入していたタイプの人間でした。
外見に気を遣う、小さい人間だったんですね。
着飾ってチヤホヤされた事を、楽しく感じていたただの小僧でした。
男性ものって、女性ものより高額になる傾向があることは、
大学になってファッションを楽しむようになってからわかったのですが。。。
ただ、僕自身は若い時は、外見に気を遣う時期があってもいいのかと思います。
自分をよく見せたい、格好つけたいという心の現れは、特定の誰かを射止めたい、
といった思いにも繋がる為、若い頃特有の感情としては、ごくごく一般的。
しかし、27歳を超えたあたりから、徐々に体がリラックスできる服装を欲し出します。
特に、独立後は毎日ユニクロのTシャツにパンツ姿。
一番の理由は、動きやすい、デスクワークしやすい、腕を動かしやすい、
胸ポケットがあるTシャツ(長袖・半袖)は、デスクワークに非常に便利という理由。
実用的でないオシャレな洋服はもう不要、昔の高い洋服は、もはや自分には不要な存在。
しかし、そこそこのお値段がしたもの勿体なく、
いつか着るかもしれないと考えていました。
いつか使うは結局使わない
しばしば人との会話の中で、
「今度(いつか)飲みor食事に行きましょう。」という方がいます。
大体は初対面の方が多いですが、社交辞令なのか、
大抵の場合、いつになっても飲みに行く事はありません。
洋服やバックも同様で、いつか着るかもしれない、使うかもしれないは、
いつまでたっても使用した試しがありません。
ここ9年程は年に3回の台湾旅行に行く事もあり、
リュックサックの快適性を気付いてしまい、バックを使うなら断然リュック。
バックを買うならリュック、見物するなら高機能リュック。
オシャレだけど不快なバックは、もう日常生活で登場することがありません。
また、1日でも宿泊するような時には、必ずPCを携帯する為、
必然的にリュックサックになります。
いつか使うかもしれない、と言った思考回路が登場する理由は、
紛れもなく、既に自分の中で何らかの変革が起きた証拠。
いつか使うかもしれない、という発想が思い浮かぶ事自体、
既に自分にとっては使う事が無い、不用品なんでしょう。
不用品は例え100円でも、買い取ってもらえたらラッキー。
さっさと処分して、自宅スペースを空けるに限ります。
何にお金をかけるかは変化していく
実は滋賀県へ引っ越してから、かなり洋服を処分しました。
4万から5万円程したPコートやダッフルコート、革のバッグ数点。
殆どが、25歳くらいの時に購入した物でしたが、
やはりここ数年は使用していなかったものばかり。
殆どの方が同様だと思いますが、年齢を重ねていくと、
何にお金をかけるのか変化していくと思います。
消耗品にお金をかける事も経済を回す為の大切な役割です。
しかし、自分が体験できる事、実感できる事にお金を使う事の方が、
いつになっても色褪せない記憶が残っています。
(僕の場合はそれがここ10年程の1人旅行です。)
出来れば一生ものとなるものにお金をかけたいものです。
最近ハマってしまった自転車は、紛れもない消耗品の1つ。
ただ、初期投資はかかるものの、愛してあげれば形として残り、
多くの体験を生み出す事が魅力として感じられました。
不用品の売却は、お金を使う先を考える1つのチャンスとも思えます。
まとめ
若い頃に洋服にお金を使うなら、
そのお金で、もっといろんな国に行けばよかった。。。
と、しばしば後悔をしたものです。
とはいうものの、年間の洋服代では、欧州への航空券代にもなりませんが。。
本日の生活用財産の売却代金は5,800円でした。
顧問先からの帰り途中、ピオーネとシャインマスカットを購入してしまい、
結局なんにもなりませんでした。