自粛・娯楽・規制・旅行は人それぞれ。大人なることも人それぞれ。

滋賀県にも蔓延何とかという法令が出たため、

1人でロードバイクで宿泊する予定を延期しました。

(宿もとっていたのに。。。)

 

同じく蔓延防止措置となった、

地元静岡に帰る事も止めました。

 

お盆は勉強をしたり、嫁さん一緒にいたりに変更することに。

 

メディアの報道とは異なり、僕の周辺では、

大抵の方が今年の夏も自粛しているようです。

 

しかし、今日ロードバイクでサイクリングした所、

とあるマリンスポーツやキャンプ場では、

大阪ナンバーが殆どを占めており。。。

 

俺も遊びたいぜ!(サイクリングしてるけど。)

という感情が沸き上がった時は、

死んだ祖母の戦時中の話を思い出すようにしています。

 

 

 

サイクリング帰り15時の近江八幡。

これはサイクリングをしてはいけない気温でした。

 

自由とは制限がないこと

僕くらいの年齢(38歳)の方は、

祖母や祖父から戦争の話を聞いた人も多いかもしれません。

 

子供の時に祖母がよく話した事は、暗い話ではなく、

自由に時代に生まれて良かったね、という内容でした。

 

子供の時に、自由な時代と言われてもピンときません。

 

学生、社会人になっても、自由な時代しか知らない僕は、

自由という意義がイマイチわかりませんでした。

 

青春時代は銀行破綻が相次いだ、95年から2000年頃まで。

今でいう失われた10年の真っ最中ですが、

祖母からしたら、自由な時代に代わりなかったのでしょう。

 

昨年以降のコロナ禍の到来により、

ようやく自由というのは、制限がないことだと気付きました。

 

 戦時中は想像できない制限下だったに違いない

先週床屋へ行った際、オリンピックで盛り上がりました。

 

僕はオリンピックやってもいいじゃない派なので、

開会式から存分に楽しんでいます。

(観客を入れていれば。。。と思っています。)

 

オリンピックはやるけれど国民には行動制限を促す措置については、

立場によってその感覚は多きく異なり、

誰もが抱く思いが正解なのでしょうね。

 

地元に帰ってしまおうかな。

1人で自転車で宿をとって巡回してしまおうかな。

とも思いましたが、ここは大人になるべきだなあと。

 

戦時下の制限など想像もできませんが、

戦時下の統制・制限の方が、遥かに厳粛であり、

コロナ禍の制限などに遥かに及ばないからです。(多分)

 

戦時中は、コロナ禍とは比較できない制限下だったのでしょう。

そう思うと、旅行できない、娯楽できないといった不満は、

取るに足らないことのようにも感じます。

 

当たり前に個人の自由が確保されている事を、

8月6日、9日は、もっと鑑みていいいのかもしれません。

 

 自粛は人それぞれでいい

1カ月ぶりに湖岸の駐車場が閉鎖されました。

キャンプを楽しむ人はなく、一見静かな湖岸です。

 

しかし、マリンスポーツの場では、他県ナンバーばかり。

僕も今日は8時間走行していたので、

他人の事を言うことはできません。

 

何をもって自粛なのかは人それぞれ。

帰省したり、旅行することに、正解不正解はないはすです。

 

ただ、明日は8月9日。

厳粛な制限がない今の時代に、

もっと感謝をしてもいい日になればと感じます。

 

 まとめ

今日は午後3時ころ近江八幡で37度という表示が。。。

どおりで頭痛がするはずでした。

 

この炎天下でロードバイクで巡回は、

あまりいい季節ではないのかもしれません。

暑いし気分爽快じゃないし辛いだけ。

 

10月頃に巡回できればと願います。

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