父親の気持ちを理解できるのは息子だけ。息子にしか分からないことがある。もっと父親と話そう。

2年半ぶりに静岡へ帰り4日間滞在。

悩みましたが、結局3年ぶりに、実家に帰宅しました。

気が進みませんでしたが。。。

 

僕が気にかけているのは、父親です。

横柄で口が悪い父親です。

 

しかし結局、男同士なので、今となっては、

何となく父親の気持ちがよくわかるからです。

 

 

 

 

実家近くから見る富士山。

富士山に雲がかかると、天気は下り坂。

 

 この3年で実家が変化

職人で一刻な性格の父親の事を、

あまり好きではありませんでした。

 

昔の職人さんって、とてつもなく口が悪い。

 

「男は男らしく生きるのだ!」

「堂々と男らしくしゃきっとしろ!」という方針。

 

ザ・男社会と団塊世代は、

僕みたいなナヨナヨした人間にとって、大いなる脅威。

 

僕は昔からこんなだからさ。。。

(可愛いものが好き。)

 

 

 

 

「女のひもになるから、会社辞めて引っ越します。」

と告げて、「はい。そうですか。」

なんて、スムーズに事が運ぶはずがありません。

 

しかし、この3年で家業の畳屋も税法的に廃業。

 

現在、父はペースメーカーを入れており、

来年は運転免許を返納するんだって。

(知らなかった。)

 

強情で一刻だった父親が何だか小さく見えて、

結構ショックでした。

 

 個人事業で家族を養うことは大変

僕は子供を持つことはできないので、

親としての父親の気持ちは、

絶対に知ることができません。

 

ただ、こんなアホでも個人事業主なので、

個人事業の難しさという点はよくわかります。

 

個人事業で家族を養う事は、

相当の心労があったんでしょう。

 

ひとりで事業をされており、

家族を養っている方のことを、心より尊敬します。

 

父親は、畳の縁、製造、顧客対応、帳面など、

基本的に家業を1人で実行。

 

ああ、それって俺と一緒じゃんって。

今更ちょっと尊敬しています。

 

きっと、僕以上に嫌な事や失敗が、

沢山あったんだろうなあ。

 

長男だから、2代目として16歳から家業に入ったらしく、

もっと遊びたかったんじゃないのかな。

 

僕と違って肉体労働だから、

毎日お疲れだったんだろうね。

 

僕は3代目を承継することは考えもせず。

 

地元の静岡大学に入学しましたが、

実家が嫌で、18歳から1人暮らしして、

自由奔放に遊び呆けていました。

 

どうしてもっと、早く気付けなかったのだろう?

最も後悔してることの1つです。

 

 もっと父親と話そう

既に父親は75歳を超え、母親と姉は、

しばしば父の文句を言うようです。

 

年を取るといろいろ障壁もあり、

性別も異なるので、仕方ありません。

 

でもね。

今まで頑張って、家族を支えてくれたじゃん。

 

もうちょっと、優しくしてあげてよ。と、

なぜか僕はこの年になって、父親を心配しています。

 

精神と体を摩耗した仕事が終わった後、

風呂上がりにビールでも飲みたいでしょうよ。

 

仕事ばかりで家庭を顧みない夫が、

定年後、離婚を突き付けられたという話を聞きます。

 

確かに、家庭には様々な不協和音があり、

その原因は単一ではないでしょう。

 

しかし、今まで家庭を支えてくれたことは事実です。

 

外で働いて、家庭を支えてきてくれたのなら、

もっと感謝すべきなのですよね。

 

滋賀県へ転居して、最も後悔していることは、

父親ともっと話しておけば良かったことです。

 

僕は父親が16歳から家業に入ったことや、

どんな若い頃を送ってきたのか、

話したことすらありません。

 

そこで、父親に、滋賀県木之本名産の日本酒、

七本槍を送る事にしました。

 

実は父親に贈り物をする事は初めてです。

就職しても、僕は何もしたことがありませんでした。

 

まだ一緒に酒を飲んだ事もないんですよね。

 

一緒に酔っ払ったりすることが、

あっても良かったのではないのかと。。

 

これからは、もっと父親に会いに行こうと思う。

 

 もっと父親に会いに行こう

父は、自分がこの家の畳替えをした。

このお寺の畳替えをした。など口にする人でした。

 

僕は子供の時によく聞かされましたが、

実は父親の仕事の姿を見ることが好きでした。

 

完成した畳はいい匂いがして、

畳を知らない同級生に少し自慢でした。

 

お子様がいる家庭で、

息子さんがいるお父さんはいいですね。

 

例えもし、現状において不和があっても、

息子さんは、お父さんが頑張る姿を、

きっといつか理解してくれます。

 

僕も本当は子供が欲しかったから、

孫の顔を見せられない申し訳なさがあります。

 

一応、僕の実家は本家だから、

子供を持てないことについて、

1人で精神的に苦しんだものです。

 

そういう事情もあり、実家と距離を置いたことも。

 

父に腹を割って相談できたら良かったのですが、

男同士だと、変な照れくささが。。。

 

20代の時だったので、自分の情けない部分を、

見せたくないというプライドもあったのでしょう。

 

ただ、ずっと家で畳を製造する姿を見てきたので、

仕事をする姿が目に焼き付いており、

自ずと偉大だと感じていたのでしょう。

 

僕には人に誇れる偉大な何かが無いから、

超えられない父を、受け入れる事ができなかったのですね。

 

しかし、今は父がどうやって仕事を頑張ってきたのか、

どんな失敗をしたことがあるのか、

どんな人生を送ってきたのか、

今更になり、聞きたいと思っています。

 

だから今年はもっと、父親に会いにいこう。

 

 まとめ

2時間ほどの滞在でしたが、

帰って良かったと思っています。

 

この投稿は、12月31日の朝、

静岡のホテルで書いています。

 

既に成人した父と息子2人の3人で、

親子旅行をしている家族の姿がありました。

 

大人になった息子さん達とお父さんは、

とっても楽しそう。

 

母親には分かってもらえないこと、

娘じゃ理解されないことってあるよね。

 

お互い男同士だからこそ、言える事ってあるよね。

 

僕は父親と旅行や出かける事なんて、

全くしてきませんでした。

 

今年はもっと、父親に会って話そうと思う。

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