土俵問題から男女平等を考える。男女平等など有り得ない。

先日僕の住む静岡の近所が全国ニュースになりました。

相撲の春巡業で、女の子が土俵に上がれませんでした。

先週は、市長を助けに土俵に上がった女性看護婦さんが、

「土俵から降りてくださーい」

と言われ大きな話題となりました。

女性が土俵に上がれないということが、男女差別と言われています。

さて、そもそも男女差別とは何をもって差別というのでしょうか?

 

 世の中の不平等

世の中には男性限定、若しくは女性限定という事が多く存在します。

  1. 相撲
  2. 甲子園
  3. レディースランチ
  4. 女性車両
  5. 宝塚
  6. 生理休暇
  7. 宴会などでは女性の支払いは少ない
  8. 男性社会
  9. 女性の出産

挙げればきりがありません。
上記に挙げたものは差別に該当するのでしょうか?
例えば、今回の相撲の問題は、長年の風習や伝統を重んじてのことだそうです。

それでは、上記5の宝塚はどうでしょうか?

相撲を男女差別と捉えるのであれば、宝塚も男女差別となるのは当然のことですね。
しかし、一般的な感覚からしてそう捉える人はいるのでしょうか?

相撲で女性が土俵にあがれないのは男女差別だ!
という事は、合理性がありませんよね。

 土俵問題の根幹は何だったのか

そもそも、今回の相撲の問題は、命の危険があるにも関わらず、伝統を重んじたという事ですよね。
これは明らかに間違っています。
それを男女差別だ!としてしまう事で、話がおかしな事になりました。

女性も男性とわけ隔てなく社会で活躍できるべきだ、という事は当然だと思います。
しかし、よく女性は!女性は!と声を荒げていう人がいます。

先週の土俵の男女差別の問題があった後、どこかの女性市長が、
「土俵に上がって演説できないのがくやしい、男女差別」
と言ったそうですね。

確かに、女性が土俵に足を踏み入れることが出来ないという点は不平等かもしれません。

ただ、土俵で演説することに何の意義があったのでしょうか?
土俵で何をしたかったのでしょうか?

合理性がないですよね。

 男女に平等など有り得ない

男と女という異なった性別が存在する限り、平等などありません。
それが自然なように思えます。

そこで無理やり平等にしようとすると、当然ひずみが生じます。

ヒトは生物学上、男は子供を生むことができません。
どんなに科学が進歩しても、子供を産むのは女性です。

女性が就職し、結婚し、出産すると、そこで一度キャリアがストップします。
一度ストップしたキャリアを再開して、さらにキャリアを重ねていくのはなかなか困難ですよね。

そこで、男女差別という概念が登場します。

しかし、その選択をするのは常に本人の意思です。
男性であろうが女性であろうが、本人が選択した道が困難な場合や辛いことは誰しもあり得ます。

それを男女差別のせいにするのは、個人のわがままかもしれません。

 本当の平等とは

本当の平等とは何でしょうか?
男と女という性別で区分をするのがそもそも間違っています。
性別により起こり得る問題は仕方ありません。

男でも男を好きになる人もいます。
女でも女を好きになる人がいます。
僕らとは、肌や髪や目の色が異なる人がいます。

世界では多様性を認め合うことが叫ばれています。

この点に関しては、日本は相当遅れているのは言うまでもありません。
お互いの多様性は認め合わない限り、本当の平等は実現されないと思います。

それは島国ということが、大きく関係しているのかもしれません。

まとめ

カフェで食事をするとき、レディースランチを目にすることがあります。

今まで数回オーダーした事はありますが、一度も断られたことはありません。

あんまり男女差別だ!平等平等なんて言ってると、ギスギスしますよね。

小学校では、多様性ということを教えられているようです。

彼らが大人になったとき、日本がもっと変わっていればいいと思います。

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