何でもジェンダー平等でジャッジするもんじゃない。

昨日の午後は記帳指導をドタキャンされ、

イライラしながら主婦の雑誌を熟読。。。

 

こんないい天気。サイクリングに行けたのに。。

と悶々としていると、生理用品の話題を目にしました。

 

日本は男子が女性の体を理解していない。(学校教育がない。)

生理用品をわざわざ別に包むことが嫌だ。

お赤飯を炊く行為はやめて欲しい。

ジェンダー平等じゃない!

 

全く、勝手だなあ!と僕はプンプンしています。

何でもジェンダー平等でジャッジするもんじゃないでしょ。

 

 

 女は男のからだを理解しているか

僕の世代が学校で受けた性教育というと、

小学校5年生が初でした。

 

小学校6年にもなると、女性の方が成長が早く、

もうそういう時期だった人も何人かいました。

 

同時はインターネットもなかったのですが、

ハッキリ言ってクラスの男子はほぼ全員、

毎月卵を産む事なんて知っていました。

 

兄弟に姉がいる場合は、

そういう年頃だよね。と知っていたはずです。

 

僕も姉がいたので、既にそんなことは知っていました。

 

教育を受けたわけではありませんが、家庭に姉がいれば、

自然と感じ取るものですよ、人間は。

 

高校にもなれば、女性の体は繊細だから、

大切にしなくてはならないなど、

多くの男性は知っているでしょう。

 

ただ、逆に男性の体の仕組みを、

全く知らない女性も沢山います。

 

学生の時に付き合った子には、

僕がエッチな本を持っている事を理解できなかった人も。

 

しかし、死ぬまで永久に減数分裂を繰り返す男性は、

自ずと脳がその放出を指令します。

若ければなおさらその頻度は高く。

 

性別が違うのだから、無理に理解を求める必要はないと思います。

正常な人間であれば、生きていれば自然に気付くからです。

 

まして女性であっても、鶏が毎日欠かさず、

食用の卵を産む理由を知らない人もいます。

 

男性に理解を求めるのであれば、

女性も男性を理解するのがフェアであるはずです。

 

人目に晒さないことは優しさの1つ

小学校の時、姉が体調が悪い時に、

生理用品を買いに行きました。

静岡で有名だった、あのライオンのドラッグストアです。

(今は合併して消滅しました。)

 

別に恥ずかしくありませんでした。

小学校5年にもなれば、自分が誕生した経緯など知っています。

しかし、生理用品だけ毎回、ライオンの茶色の包に包まれました。

 

また、高校生にもなると恋愛をするので、

年頃はそういうこともします。

 

友人との悪ふざけは別として、

さあいざ出陣!という時には、

16歳くらいだと避妊具の購入はやや躊躇いがあります。

 

やはり別の包みにラッピングされました。

コンビニ等で購入した時も茶色の包に。。。

 

今はおそらく、そんな事はないでしょうが。。

 

それを迷惑行為だ!なぜわざわざ包むのか?

逆に目立つ。と言ってしまえばそれまで。

 

しかし、この年齢になるとわかりますが、

そういうのって、誰かの優しさだったんだと思います。

 

都合が悪いもの、触れるべきでない事を隠蔽する意味ではなく、

誰かの思いやりだったんだと感じます。

 

12歳くらいで1人で夜、ジャンプとエロ本を購入しに行った時、

なぜかエロ本だけ、ギンガムチェックの包みに入れられ。。。

 

わざわざ夜の19時に、ジャンプをカモフラージュにして、

本屋に行く小学生の気持ちを全然理解していません。

 

絶対に親に見られたら、「何その袋?」って言われます。

 

書店のレジで、わざわざギンガムチェックの包に入れてくれる、

その僅かな時間が凄く嫌でした。

 

しかし、それもまた、本屋さんの優しさだったはずです。

 

 察する文化も優しさの1つ

今はあまり聞きませんが、僕の家庭では、

お赤飯が炊かれたことを覚えています。

 

清水の浜の側の田舎だったので、

今でもそういう文化かもしれません。

 

誰かから説明されたわけではないけれど、

そういうのって、子供であっても何となくわかるものですよね。

 

何となく察するものだという雰囲気で、

表立って誰かが何かを言うことはないけれど、

それも優しさの1つだったのかもしれません。

 

生命の誕生の儀式にはその国独特の文化があるのだから、

お赤飯を炊くことだって、僕は素敵な優しさだと思います。

 

だってさ、男の場合のそれは、

絶対に親になんて言わないんだから。

 

日本は昔から、ドアではなく戸の文化だと言われています。

 

確かに直接ドアを開けて告げる方が伝わりますが、

戸を隔てて雰囲気を察する文化も、

日本独特の優しさだったんだと思います。

 

何でもかんでもジェンダー平等は不可能です。

最も、ジェンダー平等という文言が誤りであり、

ジェンダーフリーという文言が正解なのですが。。。

 

 まとめ

包む、察する、かもさないという行為は、

僕は優しさの1つだと思います。

 

ただ、何でもジェンダー平等でジャッジすることは良くない。

 

特に日本のジェンダー平等は男と女の事だから、

決してジェンダーフリーではありません。

 

だからレディースランチをオーダーすると、

怪訝な顔をされることに腹がたっています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です