厄年という迷惑極まりない概念って、一体誰が考えたのよ?

地元へ帰った時は、

必ず静岡浅間神社へ行きます。

 

朝食をとった後、

目的まで時間がある時は神社へ。

 

子供の時から気になったことの1つに、

厄年という不思議な概念。

 

そもそも、厄年という概念など

無かったことにしてしまえば、

厄年もくそもないのに。。。

 

 

 

 厄年の概念がわからない

厄年にはお祓いをした方がいい。

よく親に言われました。

 

毎年正月に有名な寺でいく家庭だったので、

そういう神様のお告げを信じる家だったのでしょう。

 

そこで登場する厄年。

厄年というとてつもなく迷惑な概念。

 

一体、どこの誰が誰も得をしない概念を。

何を思って創造してしまったのでしょう?

 

子供の頃から本当に嫌いでした。

前厄、本厄、後厄など。

 

ご丁寧に3つも用意してくれているので、

ただの嫌がらせとしか思えません。

 

しかも、1歳たすとか数え年とか、

本当にその適用要件がわからない。

 

なぜそんな複雑な設定を。。。

 

僕は迷惑な厄年という考えが、

未だによくわかりません。

 

 いっそ無かったことにすればいいのに

子供の時に、厄年だから受験の為のお祓いを。。。

と親に薦められました。

 

この僕がそんな商業ベースの寄付行為を、

素直に受けるはずありません。

 

だってさ、少なくとも受験なんて、

ほぼ皆自分と同じ年齢です。

 

受験生が全員厄年と仮定するのなら、

みんな条件同等じゃん。

 

そもそも厄年という概念を、

明日から無かったことにしても、

祈祷をしないで不運が訪れるわけないでしょ。

 

わざわざ1歳から厄年を設定するなんて、

こんなの神官が考えたものとは到底思えません。

 

そりゃ3年おきに設定されれば、

災難くらいあるでしょうよ。

 

厄年って、本当に馬鹿馬鹿しい。

 

 厄年の逆を設定すればいいのに

厄年を考えた人は馬鹿だと思います。

 

厄年ではない年は、災難に遭いにくいのなら、

厄年ではない年を、ラッキーな年設定にすればいいのに。

 

僕は非常にネガティブな性格ですが、

職業上、物事を様々な角度から観察するよう

常に心がけています。

 

わざわざ数年おきに負の概念を設定するのなら、

数年おきにハッピーな概念にすればいいのに。

 

厄年なんて概念、迷惑極まりないので信じません。

 

 まとめ

来年厄年だと知ってしまい、

静岡浅間神社に対する愚痴を投稿しました。

 

もう本当に迷惑です。

知らなきゃよかった。。。

 

わざわざ人の心を動揺させるなんて、

神を司る人が行う行為だと思えません。

 

平安神宮へお守りを買いに行くことにしました。

 

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