日本で初めて同性同士の保護を認めた憲法24条の解釈

まだまだ30度近い日が続いていますが、季節は確実に秋に。

秋のイベントと言えば、毎年台湾で開催されているレインボーパレード。

 

日本とは異なり、当事者の方々だけではなく、誰でも楽しめるイベントであり、

僕はイベント会場のグッツなど購入するのが大好き。

とってもカラフルで、可愛いものが沢山販売されていますしね。

 

さて、巷のニュースでは全く話題になりませんでしたが、

9月は今までの日本のある概念を覆す事となった、重要な1件の訴訟判例が出現。

 

日本国憲法第24条に一歩踏み込んだ、非常に画期的な解釈であり、

仮にでも法律に携わる人間であれば、時代に反映した勇気ある判例は知っておくべきです。

 

 

新たな憲法24条の解釈

シビアな内容なので、訴訟内容については割愛しますが、

9/18付 宇都宮地裁真岡支部の裁判では、同性カップルにについても、

「男女間の事実婚と何ら変わらない実態を有している」

という、今までにない大きな判決が。

 

この判決は、今まで蓋をしてきた24条の解釈に、

大きな動きが生じたように感じます。

 

日本では毎回LGBTに関する話題が取り上げられる度、

必ず憲法第24条の解釈が問題になります。

 

ええ、税法でもよく登場する、とても面白い法令解釈。

 

憲法第24条1項に規定される「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する」

という、両性の定義が、肝心の憲法で明記されていません。

 

明記されていないという事は、

・両性は男女を限定しているとは言えない

・両性とはそれぞれ2者の性を示しているから、同性でも可能

・そもそも施行当時は、同性といった概念がない

・常識的に考えれば、両性とは男女である

・別に憲法では同性の婚姻を禁止していない

・同性の婚姻を禁止していないけれど可能とも書いていない

などなど様々な解釈をすることが可能であり、

もっとも合理的な解釈を選択する他ありません。

 

保守的に画一的にいくか?

革新的に行うか?

法令とは本当に解釈の仕方次第ですよね。

 

僕自身も、「常識的に考えれば、両性とは男女である」と感じています。

 

しかし今回の判決では、これらの多くの解釈をもろともせず、

「憲法制定当時は同性婚が想定されていないに過ぎない。

およそ同性婚を否定する趣旨とまでは解されない」

といった、非常に新しい解釈。

 

そして日本で初めて「同性の法的保護を認める」という、今の時代に即した判決でした。

いや、別に不思議な事でもなく、確かにそれは当然なんですよね。

 

人を保護し、豊かで幸せな生活を送る為に法令が存在するのであれば、

そういった解釈をするのが自然です。

 

法人税や所得税、相続税などはやや時代のスピードと鈍る部分がありますが、

今回の判決は、非常に意義があるものだと感じます。

 

判決においては、

「価値観や生活形態が多様化し、婚姻を男女間に限る必然性があるとは断じ難い状況」

とも語られています。

 

この判断が全てなんですよね。

おそらくこの判決は、今後の24条の解釈について、1つの大きな指針になるのでしょう。

結婚の本当の意味って?

非常に気になった点は、

「同性婚は法整備がされておらず、法的保護を受けられる段階にない」

という被告側の主張です。

 

「法整備が示されていないので、皆さんは孤独に生きてください」

という思考では、とても豊かな未来がある国とは思えません。

 

ええ、孤独に我慢して生きろだなんて、とても酷い。

だからこそ、この判決は大きな意味があるのでしょう。

 

もう4年も前の事ですが、2015年にアメリカでも同性婚をめぐり、

結婚とは何なのかを問いただす、非常に有名で温かい判決がありました。

 

僕の下手な日本語訳ですが、こんな風に語られていました。

婚姻により異なる2つの個体が結び合うことは、1つの個体を遥かに超越する。

例えお互いが死に分かれたとしても、なおも不変の愛情が継続していく。

 

しばしば税法においては、平等ではなく公平性が求められますが、

憲法においては、公平ではなく平等であるべきだと感じます。

 

日本では「同性」の話題が挙がると、必ずといっていい程、

突然「種の継続」といった壮大なテーマが出現します。

 

そして年金問題や財政問題、少子化問題にすり替えられ、

結局の所、「孤独に生きてください」という冷たい世論も存在します。

 

ええ、僕の親族や友人、周囲の人間でも、

「同性婚が実現するとますます少子化になる」

「生物学上自然ではない。」

 

「今の人は結婚する気がないから国がおかしくなる」

と成熟した大人とは思えない事を、平気で口に出す人もいます。

 

大人がそんなツマラナイ事を発言しちゃいけないですよね。

結婚って、一体何なんでしょうね。

婚姻により異なる2つの個体が結び合うことは、1つの個体を遥かに超越する。

例えお互いが死に分かれたとしても、なおも不変の愛情が継続していく。

 

単純に好きだから一緒になるだけでいいじゃん。

中学や高校の時、初めて一緒に帰った時のドキドキした感情って、忘れてしまうんでしょうね。

 

初めて特定の相手が出来た時に感じた、ずっと一緒に居たいといった感情や、

大切にしていきたいという思いは、きっと風化してボロボロになってしまうんですね。

 

いや!僕は絶対その当時の事とか、忘れたりしないようにしています。

 

少子化や種の起源がどうのこうのではなく、

もっとスパッ!と愛を語ることができる大人が増えればいいですよね。

 

結婚は、超過累進課税制度などといった公平ではなく、

平等に認められる権利だと感じます。

まとめ

今年同性婚が法的に一応は認められた中華民国でも、

何だかひと悶着あったようですが、誰もが楽しく暮らせる国であってほしいですよね。

 

「キモイ、ウザイ」といった言葉だけでしか、

自分の気持ちを表現できない大人にはなりたくないものです。

 

そういえば、滋賀県に引っ越して以来、何回か、

滋賀県内、大阪や京都へ時々出かけると、

50代か60代の夫婦の方で、仲良く手を繋いだり、腕を組んだりしている姿を目にします。

 

別にとりわけ良い服装の夫婦ではないのですが、

旦那さんの方が、ガッツリ奥さんの手を握る姿が頼もしく、

同じ男として尊敬できるお姿でした。

 

そういう姿が溢れてる国って、僕はとっても素敵だと感じます。

 

 

 

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